紅茶はもっと自由になっていい
SALON DE THÉ LÙVONDのオーナーであり、日本屈指のティーマイスターである伊藤孝志。20歳の頃から紅茶の世界へ入り、カフェや紅茶専門店で経験を積んできた彼は、SALON DE THÉ LÙVOND立ち上げ以前から、どこにもない極上の茶葉を追い求め、インド、スリランカ、中国、台湾などの農園を自らの脚を使って訪れ、買い付けルートを開拓してきた。武器は、幼少期の特殊な環境によって鍛えられた繊細な味覚。そして、伝統と革新を交互に行き来しながら新たなジャンルを築いていくバランス感覚。そんな彼によって選ばれた茶葉は、どれも生き生きとした香りと奥行きのある味わいを感じさせてくれる。今年3月にインドのダージリンで採れたばかりだというファーストフラッシュを淹れていただきながら、彼とSALON DE THÉ LÙVONDのルーツを辿る。
SALON DE THÉ LŪVOND オーナー/ティーマイスター
紅茶って小難しいものだと思い込んでいらっしゃいますが
そこからを早く脱却させたいんです。
このカウンタースタイルがSALON DE THÉ LÙVONDのひとつの個性ですよね。
銀座SIXの「LUVOND TEA ROOM」でも、リニューアルされる前の表参道店でも店舗の中心にはカウンターがありました。なぜこのようなスタイルを取られているのでしょう。
SALON DE THÉ LÙVONDで紅茶をいただいたとき、まず最初から最後までえぐみや渋みが全くないことに驚きました。それは何が違うのでしょうか。
伊藤
茶葉のグレードですね。残念ながら、安価なものとは絶対に埋められない溝がそこにはあります。普段の料理って、味付けや調理方法で少し調整できたり工夫することができますが、お茶ってそれができないんですよね。素材は茶葉と水のみですから。SALON DE THÉ LÙVONDではインド、ネパールをはじめ、信頼できる農家さんから直接茶葉を買い付けています。
同じ茶園で同じ時期に採れたダージリンでも、ここまで味に差があるのですね。
伊藤
そうなんです。インドのダージリンという地域には87の農園がありますが、ひとつの農園で同じ3月に採れたものでも、3月1日に摘んだものと5日に摘んだものでは味が違います。これは僕だから分かるのではなく、体験していただいたように絶対に誰にでも分かるのです。
野菜でもひとつひとつ味が違うのと同じように、茶葉にも個性があって面白いです。
伊藤
はい。茶葉は生き物であることが感じられるとより面白いですよね。さらに細かいことになりますが、畑の中でも「ここの区画は香りが高くて良いものが取れやすい」といった傾向もあったりします。なので、同じ日に採れた茶葉でも苗木や区画によって微妙に味が変わってくる。僕はその苗木がある区画をキープしてもらい、味見をしたうえで買い付けるようにしているんです。
なぜその区画は特別に美味しくなるのでしょうか。
伊藤
畑を掘っていくとその下には水脈が流れていると思うのですが、それが関係していたり、あとは、地形に微妙な起伏があって雨が降った後に養分がそこに集まりやすくなっているとか、いろんな要素が絡んでいると思います。農場の人も計算しきれない微差ですね。とは言っても、そう簡単に畑へ連れていってもらえるわけではないのですが・・・。
時間をかけて信頼を積み上げていった先に今の関係性があるということですね。
伊藤
そうですね。僕はまだ早い方だったんじゃないかと思います。割とゴリゴリいく方なので(笑)。最初の頃は味見をするにしてもわざとロットナンバーをすり替えられたり、テストのように農場の方に「どんなヤツなんだ?」と試されていましたね。でも、僕は自分の味覚にだけは自信があるんです。それは僕の実力というより、両親がそうなるように育ててくれて、自然と味覚が鍛えられるような環境を用意してくれたから。だから、どれだけ最初に刷り込みを与えられても違うものは違うって分かるし、美味しくないものは美味しくないと言えるんだと思います。
それに僕は、農園の方たちと裸の付き合いというか、がっちりと繋がっていたいだけなんです。良い紅茶を届けたいっていう思いは同じなわけだから。でも、最初は「良い茶葉を渡すのはいいけど、お前ホントに日本でちゃんと続けられるだけの実力があるのかよ」と思われていたと思います。それに対して僕はただ必死にやるしかないのですが、僕のお茶を楽しみに待っていてくださるお客様や地元・京都の仲間たちの支えもあり、今やっと“コイツとやる価値あり”と思ってもらえるようになったのです。
伊藤
“Barみたいだね”と言われることもありますが、スタイルの狙いとしてはまさにBarと同じですね。お客様の好みを伺いながら淹れることができますし、紅茶のちょっとした情報なども僕はこの方が話しやすい。皆さん紅茶って小難しいものだと思い込んでいらっしゃいますが、そこから早く脱却させたいんです。紅茶の世界を文化として敷居を高く残して置きたい人にとって僕のやり方は真逆に映るかもしれませんが、お客様に楽しんでもらう、お茶の面白さに触れてもらうことだけを考えています。